日本人が忘れてしまった「縄文の心」

私が、日々感じている

「人間は、山に生かされている」という思想は、

自然崇拝のアニミズム文化を持っていた縄文人の思想であり、心である。

ということが分かったのはつい最近!!

今年の春頃に、古本屋で購入した「縄文の神とユダヤの神」という本を、

今頃になって何気なく読んでいたところ、

その内容に衝撃が走ったのと同時に、

山や水や風や、すべての自然が私に伝えようとしてくれるこの感覚・・・が、

やっと腑に落ちたのだ。

縄文人とは、私たち日本人の祖先であり、

縄文時代の東北地方には日本最古の文明があったと言われている。

ちなみに、私が大好きな映画「もののけ姫」、

もう何度見たか分からないほど、大好きな作品だ。

もののけ姫に出てくる、「アシタカ」は、

絶滅寸前の民である、縄文人の末裔なのだ。

縄文人は、古典などに出てくる神や、

神社に祭られているような神々だけでなく、

人間や、人間を取りまく自然的存在すべてを

「神」としていた。

縄文人が主に行なっていた狩猟についても、

神々は、人間の前に姿を現すときは、さまざまな「外装」をつけてくると考えていた。

例えば、山の神なら熊の「外装」をつけて現れ、

人間の贈り物としてその毛皮や肉などを提供し、

人間に喜ばれて天国に還るという。

それを聞いた神が、また鹿という「外装」をまとい、

人間の前に姿を現す・・・

このように、狩りの獲物は、人間に対する神々からの贈り物だという。

そして縄文人は、自然の一環としての人間である限り、

自分自身も「時」が来れば、その「食物連鎖」の一環に加わることを知っていた。彼らが遺体を風葬にしたり、土葬にするのは、虫や鳥たちに自分の肉体を食べさせよう・・・という「食物連鎖」のサイクルに参加するという意図があった。

しかし、

今の日本人が生きる、文明世界は、これとは全く逆だ。

土地や動植物を人間以下の存在とし、

差別するようになり、搾取し、

人間自体にも差別をもたらすようになった。

山を削り、自然を破壊し、大地をコンクリートで塞ぐ。

昔は、家畜として飼われていた牛や豚や鶏なども

今では食肉牛などと名付けられ、ただ人間に食べられる為だけに生かされ、酷い扱いを受けながら育てられている。

生き物以下の扱いをされているのだ。

家畜の段階では、まだ家族の一員として飼われ、可愛がられて生命を全うできた。

しかし、現代では

生まれてきた時から

右も左も向けないような狭いゲージに入れられ、

ただ肥える為だけに餌を食べさせられ、

草原を走り回ることもなく、

仲間と戯れることもなく、殺される。

日本人のヒマラヤ聖者「成瀬雅春」さんの本もよく読んでいた私だが、

「肉を食べるなら、せめて自分で殺して食べてください。」という言葉が本の中にあった。

食肉用として育てられている牛や豚、鶏たちは、つらく苦しい生涯を送り、殺された動物たちには、人間に対する感謝ではなく、怨念が染みついていて、死後、食肉となった後も、その意識は消えないという。

今年、夫が狩猟免許を取得したのも、これからも自然と共に生きていく固い決意があるからに他ならない。

狩りをすることについて、可哀想だとか、残酷だとか言う人がいるが、スーパーで売られている肉の方が、

よっぽど残酷なのだ。

日本建国の神(国之常立神)が、岡本天明に自動書記させた

「日月神示」という書物は知っているだろうか?

日月神示には、日本の未来が記されている。

これから日本は、神々による大掃除がはじまるのだという。

神界、霊界、幽界、そして私たちの住む現界、

すべての大掃除だ。

今後日本には、

疫病、自然災害、地震、食料危機などが起こると記されているが、

それまでに、己のミタマを磨き、

日本の心を取り戻しておけよと、私たちに伝えている。

これを「大峠」と呼び、国内にいる者も、

日本を捨て海外に逃げていく者も、

誰ひとりとしてこの大峠から逃れることはできないのだという。

大掃除の後は、日本の人口は、3分の1になっていると

書記されている。

要は、選別が行われるのだ。

現代の日本人が忘れた「日本の心」。

それはきっと、縄文の神、

そして縄文人の心を蘇らせよ

という神々の叫びなのだと、私は思っている。

今日もここまで読んでくれて、ありがとうございました!