みんな違う次元に住んでいる

嫌いがあるから好きがある

暗黒があるから光明がある

偽があるから真がある

酷があるから美がある

地獄なきところに天国もない。

善を思念するが故に、悪を生み出す。

悪あればこそ善が善として救われ弥栄する。

善あればこそ悪は悪の御用を為し得る。

この世界には、法則というものが存在する。

しかしその感じ方は、無限に存在し、

一人一人違う。

物質世界に生きる私たち地上人が、

霊界同様、

限りない程の想念的段階をもち、

各々の世界を作り出すように、

下級段階で

正なりとし、

善を思い、

美を感じ、

真なりと信じ、

愛なりと思う、その想念も

上級段階に於いては

必ずしもそうじゃない。

好きの度合いも、嫌いの度合いも

ひとりひとり感じ方が違うように、

ある人は悪と感じても

ある人には悪と感じない。

それは、自らが生み出すもの。

地獄はないのであるが、地獄的現れは、

生前にも、生後にもまた死後にもありえる。

それは第三者から見えるのであって、

真実の地獄ではない。

地獄的暗黒世界は、暗黒ではあるが、

それは比較からくる感じであって、

本質的に暗黒の世界はない。

無数の道が、

無数の世界に通じており、

生前から生後を通じて、思想し、

行為したことの総決算の結果に現れた状態によって

それぞれの世界に通ずる道が自らにして目の前に開かれる。

故に、迷うことなく

自分の道を自分で進み、

その与えられた最もふさわしい世界に落ち着く。

他から見て、それが苦の世界、不純な世界に見えようとも、

当の本人には楽天地なのである。

一の世界に住むものには、二の世界は苦の世界となり、

二の世界に住むものには、一の世界にはまた苦の世界と感覚するからであって、

いずれも、

自ら求むる歓喜にふさわしい世界に住するようになっているのである。

ある人にとっては地獄的場所が心地いいとしたら、そこは地獄ではないが、

第三者から見たらそこは地獄に思うだろう。

この物質世界に住む私たちも、

ひとりひとり、違う次元に住んでいるってのは

そーゆーこと。