子どもの心で真実をみる

また色々とインスピレーションが降りてきて

早朝に目覚めてしまった。

きっと、色々とみんなに伝えてほしいことが

あるんだろうなぁと思いながら

このブログを書いている。

感覚で感じることなので、

言葉にして伝えるのはすごく難しいのです。

私の言葉で、少しでも分かりやすく

この感覚を伝えられたら良いのだけど・・・。

「常識」とは、なんだろう?と

考えたことがある人はいるだろうか。

常識は、いつの時代も、

「人間」が作り出すものです。

例えば、2月3日。

そう、昨日は、節分ですね。

きっと、日本中で、豆まきが行われていたことでしょう。

「鬼は外」

「鬼は悪」

「鬼を追い出せ」

という常識を、私たちは”良いこと”と思って生きてきている。

それなのに、

なぜ鬼を神として祀っている神社や行事が、日本に存在している?

特に、秋田では鬼は大切な存在である。

古代の日本を知ることは、

私たち日本人の祖先である「縄文人」のルーツを知ることが

必要不可欠である。

(縄文人については、前にもブログで少し話したことあったけどね。)

隠されてきた歴史を知ることで、

「鬼」とは何か?に辿り着くことができる。

縄文人の住む東北はかつて、陸奥国と呼ばれ

水・食べ物・資源がとても豊富な場所だった。

その土地を奪い、その土地に住む民を追い出し、

日本人の心に「鬼」を創り出した。

「鬼門」とされる位置ができた意味や、

東北人を”田舎者”と蔑んできた価値観や、

「鬼」を追い出す”常識”は、

全て ”ある存在” が都合のいいように

作り出したものだとしたら・・・?

「そんな歴史、教科書には載っていませんね。」

「それは、真実ではありません。」

それが、社会の正解です。

「教科書」も、

ある存在が都合のいいように創り出したものかも知れませんね♪

物事は、

”子どものような心”で見ることによって

何が真実で

何が真実ではないのかが

感覚でわかるようになると思う。

子どもは偉大です。

子どもの心は、澄んでいて曇りがありません。

「みんながやっているから正しい」

「みんなが言っているから正しい」と頭で考えていては

いつまで経っても

己の中に真実は見えてこないでしょう。

毎日ペットボトルに詰められた死んだ水を飲んでいては

本当の生きた水の味を知ることは不可能です。

今日もここまで読んでくれてありがとうございました!